那覇地方裁判所 昭和53年(わ)436号 判決 1981年2月13日
主文
1 被告人外間守之を罰金二五〇万円に被告人金城信浩を罰金一五〇万円にそれぞれ処する。
2 被告人両名において、その罰金を完納することができないときは、それぞれ金五〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。
3 訴訟費用中、証人慶田元長起に支給した分は被告人外間守之の、証人田本秀章に支給した分は被告人金城信浩の各負担とし、証人松本博明に支給した分はその二分の一ずつを各被告人の負担とする。
4 被告人両名に対し、選挙権及び被選挙権を停止しない。
理由
(当裁判所の認定した事実)
第一 被告人両名の身上、経歴
一 被告人外間守之について
被告人外間守之は、昭和一二年九月五日与那国島で農、漁業を営んでいた父守信、母八重の五男として出生し、与那国小、中学校、八重山農林高等学校を経て、亜細亜大学商学部に進み、昭和三五年に同大学を卒業した。その後与那国島に帰り、久部良小、中学校の教員、与那国製糖会社の職員、与那国農漁業信用協同組合の理事等を勤め、この間昭和三六年には自民党公認で与那国町議会議員選挙に立候補して当選し、同議員を一期勤めたが、二期目は、右与那国製糖に在職していた関係で立候補することができず、その後昭和四三年ころ同会社を退職して、いつたん石垣島の琉球政府八重山労働基準監督署に勤務した後、再び与那国島に戻り、昭和四八年一月無所属で与那国町長選挙に立候補し、同選挙には落選したものの、同年四月一日与那国町教育委員会の教育委員に選ばれ、同月一五日同教育長に就任した。しかし、昭和五二年一月二三日施行の与那国町長選挙に再度立候補するため、昭和五一年一二月一三日右教育長を辞職し、社大党公認で同町長選挙に立候補した結果、対立候補の自民党公認の宮良博を七二票の小差で破つて当選し、昭和五二年二月一〇日与那国町長に就任して現在に至つているものである。
二 被告人金城信浩について
被告人金城信浩は、昭和一八年一一月一五日与那国島で農業を営んでいた父信栄、母トヨ子の長男として出生し、与那国小、中学校、八重山農林高等学校を卒業して、家業である農業に従事していたが、昭和三九年ころ、当時の与那国町長仲嵩博明(自民党)が同町最大の企業である与那国製糖と結託し、砂糖きびの買上げ等において自分の支持者のみを不当に優遇しているとして、その是正を図るため与那国農民組合なる団体を結成してその書記に就任し、昭和四二年ころには、同町長がますます同社との結託を強めているとして、同町長のリコール運動を起こすに至つた。そして、右リコール運動のために依頼した弁護士安里積千代(当時社大党委員長)と接触するうち、同人から社大党与那国支部の結成を勧められてこれに加わり、結成と同時に同支部青年部長兼書記長に就任し、昭和四五年及び同四九年の各与那国町議会議員選挙に社大党公認で立候補し、連続当選したが、前記のように被告人外間が町長選挙に当選して外間町政が誕生した際、同被告人から助役就任を要請されて昭和五二年六月同町議会議員を辞職し、当初は同月開催の定例町議会の承認を得て助役に就任する予定でいたところ、野党である自民党議員の反対に遭つて議会の承認が得られず、結局、同年九月一日、町長である同被告人の専決処分により同町助役に就任して現在に至つているものである。
第二 公職選挙法違反関係の犯行の背景をなす事実及び犯行に至る経緯
一 与那国町における町議会議員選挙の実態
与那国町は、我が国の最西端に位置し、沖縄本島からも遠く離れた小島であつて、与那国島一島で一町をなし、その地理的条件から一種の閉鎖社会を形成していた。本件当時、与那国町の有権者は、大体一二〇〇名前後であつたが、有権者相互に閉鎖社会特有の血縁関係の結び付きが強いことから、これらの者の票の中で、いわゆる浮動票といわれるものは、沖縄本島等から勤務に来ている教職員関係者等の若干の票を除いてほとんど存在せず、有権者がどの候補者に投票するかは、血族、姻族関係等によりあらかじめ決定されているといつても過言ではない状況であつたが、一方、血族、姻族関係等が複雑に錯綜している関係上、支持票と考えられるものが複数の候補者間に競合することもまれではなく、その限りでは、同町の選挙においても浮動票的な要素もあり、しかも、全体として有権者数が少ないため、そのわずかな浮動票的要素が当落に重大な影響を有する状況であつた。従つて、与那国町では、従前から、選挙時期になると、候補者は、政策論争はさておいて、自己の支持票確保のため、有権者に対する買収、供応等を半ば公然と行なうとともに、他候補者からのこれと同様の手段による自己の支持票の切り崩しを防ぐため、有権者等の動向に注意を払い、人家への忍び込み、尾行、監視なども行なわれていたが、これに対する警察の取り締りはほとんど行なわれていなかつた。このような選挙の実態は、与那国町に社大党与那国支部が結成され、いわゆる保守、革新の対立状況が顕著になつても、一向に改善されず、候補者は、保守系、革新系を問わず、依然として、互いに競合する支持票を最終的に自己のものにするため、有権者に対する買収、供応等の戦術を行なつて来たが、更に、保守、革新の対立が激化するに従い、保守、革新の双方の陣営とも、最終的に自己の側が多数派を占める必要があることから、単に個々の候補者が有権者に働き掛けるだけでなく、各陣営全体として、血族、姻族関係を基本としつつ立候補者の選定、各候補者が獲得する票の予想、各候補者に対する票の割り振り等の調整作業を行なうようになつた。与那国町には、昭和五三年当時八〇名余りの職員がいたが、有権者数がわずかに一二〇〇名前後という同町では、当然、町議員関係者の票が候補者の当落に重大な影響を及ぼすことから、右票の行方は、保守、革新の双方の陣営にとつて重大な関心事であり、従つて、被告人外間が町長に就任する以前より、町長から、町職員に対し、町長の属する陣営の候補者に投票するよう有形、無形の働き掛けが行なわれて来たものである。
二 被告人外間町政の誕生と議会運営
1 被告人外間は、前記のとおり、昭和五二年一月二三日施行の町長選挙に社大党公認で立候補し、対立候補の自民党公認の宮良博を七二票の小差で破つて当選し、同年二月一〇日町長に就任したものであるが、町長に就任後、町政を安定させ、政策を円滑に遂行するため、まず、町議員を適材適所に配置するとの名目のもとに、町長選挙の際の支持の状況をも加味した町職員の配置替えを行ない、更に、町議会議員から助役に抜擢した被告人金城ともども、町役場内に革新系支持の態度をとる限り仕事がやりやすいという雰囲気を作りあげ、よつて、それまで保守系支持者が大半を占めていた町議員の多くを革新系支持者にすることに成功した。このような保守系から革新系への鞍替えは、自己の保身を図ろうとする管理職において特に顕著であり、その代表的な例が当時の民生課長であつた田里廣吉であるが、同人は、もともと政治的な心情としては保守的傾向を有し、被告人外間が当選した町長選挙においても、自民党公認の対立候補を積極的に応援し、被告人外間陣営からの票の切り崩し工作の防止等の活動さえ行なつたにもかかわらず、被告人外間が町長に当選し、その町長就任後大規模な人事異動があり得るとの動きを察知するや、左遷されることなどを恐れ、いち早く被告人外間に対し直接、革新系支持の立場を表明し、その後も機会あるごとに、被告人外間及び同金城の歓心を買うことに腐心していたものである。
2 被告人外間は、このようにして、町議員の多くを保守系支持から革新系支持へ鞍替えさせることに成功したものの、町長就任当時の町議会の勢力構成は保守系議員七名に対し革新系職員五名(昭和五三年二月には革新系職員の一人が死亡して四名)という少数与党の情況であり、加えて町長選挙の際の保守対革新の厳しい対立のしこりもあつて、前記のとおり、被告人外間が同金城を助役にしようとしたところ、町議会の承認が得られず、結局、町長の専決処分による任命という手段を使わざるを得なかつたばかりか、被告人両名が重要な政策の一つとして企画し、昭和五三年度予算案に盛り込んで提出した町営住宅建築案を選挙対策だとして野党議員に反対され、同予算案は全面的に否決され、あるいは、教育委員任命の承認も得られないなど被告人両名の政策はことごとく多数の野党議員に反対され、その実現は思うにまかせない状態で、被告人両名は、常々議会対策に苦慮していた。
三 昭和五三年九月三日施行の町議会議員選挙に向けての被告人両名の対応
被告人両名は、前記のとおり、議会対策に苦慮していたことから、昭和五三年九月三日施行の町議会議員選挙に際しては、定員一二名のうち是非とも与党側である革新系候補者から過半数の七名を当選させ、よつて被告人外間町政の安定を図ろうと決意し、被告人両名が中心になつて選挙の数か月も前から準備を進め、約一二〇〇名の有権者全員について逐一検討を加え、革新票であるかどうかのできるだけ正確な判断をしたうえ、当時立候補を希望していた一三名位の者の中から、当選見込みのある者七名を選定し、これに革新票を割り当てるなどして票が特定の候補者に集中しないよう調整し、立候補者全員の当選を期した。
他方、与那国町役場においては、被告人両名及びこれに取り入ろうとする民生課長田里廣吉による前記のような有形、無形の働き掛けにより、多数の職員がすでに保守系支持から革新系支持に変つていたものの、なお一部には革新系支持を表明しない職員もいた。被告人両名は、被告人外間がその支持者から、「外間は職員を統率できない。」などと言われていたこともあつて、折を見て職員を一堂に集めて革新系候補者に対する投票依頼等革新系支持を強く働き掛ける必要があるなどと話し合つているうち、選挙告示の前日である昭和五三年八月二六日、同町テンザバナで、町議員労働組合主催の革新系候補者支持の集会が開かれたため、被告人外間は、同集会に出席し、革新系候補者全員を当選させてくれるよう訴えた。なお、この集会には、民生課長田里らの管理職も出席し、同人自身、「役場職員は、一丸となつてがん張りましよう。」などと発言した。
また、被告人金城は、その二日後である同月二八日、保守系支持者と目されていた町職員大宜見稔、同後真地兆布及び同前西原武三を町議会議場等に個別に呼び出し、同人らに対し、革新系候補者に投票しなければ人事上の不利益を受けることがあるかも知れない旨ほのめかしながら、「誰に投票するか決まつているか。教えてくれ。」などと言つて暗に革新系候補者に投票するよう働き掛けた。
かくして、被告人両名は、来たるべき町議会議員選挙に向けて万全を期していたが、革新系候補者の中には、なお当選について不安要素を残す者がいる状態であつた。
四 被告人両名及び田里廣吉による共謀の成立
1 保守系支持者であつた大宜見稔らは、前記のとおり、昭和五三年八月二八日、被告人金城から、革新系候補者に投票しなければ人事上の不利益を受けることがあるかも知れない旨ほのめかされ、暗に革新系候補者に投票するよう働き掛けられたが、同人は、町職員労働組合の委員長から、誰に投票するか決めていない一四名が人事異動の対象となつていることを聞かされていたこともあつて、不安を隠しきれず、同日、経済課長補佐の前楚良昌に相談したところ、同人は、被告人外間一派が来たるべき町議会議員選挙を控えて町役場内の保守系支持者の切り崩しを図つているとして憤慨し、お互いに酒を飲みながらでも励まし合おうと、同日勤務時間終了後、大宜見のほか、保守系支持者と目されている同町職員の後真地兆布、東小浜功尚、山口正孝及び栄康吉を自宅に招き、途中からたまたま同所を訪れた保守系支持者の同町職員後真地吉雄もまじえて、口々に被告人金城から働き掛けられた不安や町職員労働組合主催であるはずのテンザバナ集会に保守系支持者ということのみで呼ばれなかつたことに対する不満などを言い合つた。右会合には、その後、トラクター修理の件で同所を訪れた保守系候補者の玉城精記が加わり、その場にいた者に対し、圧力に屈する必要はないなどと激励した。
2 前楚は、町議会議員選挙を間近かに控えた時期であつただけに、被告人両名から選挙運動をしているなどと難くせをつけられないように用心したうえで右会合を持つたつもりであつたが、実際には、たちまち被告人金城の察知するところとなり、同被告人は、右会合に、革新系支持者と票読みしていた東小浜、山口、栄らも加わつていることを知り、そのような事態は革新系支持票の切り崩しであり放置できないと考え、直ちに前楚宅に怒鳴り込み、応対に出た同人に対し、「役場の職員がここに集まつて選挙運動をやつているという一般住民の情報でやつて来た。選挙運動をやつているのか。集まつている者の名前は分かつている。名前を挙げようか。」、「選挙が終わつたら覚悟しておけな。」などと申し向けた。前楚宅での会合は、被告人金城から同日のうちに被告人外間に知らされ、同被告人は、そのような事態を放置しておけば、町役場内にますます保守系支持者が増え、せつかく町職員をして革新系支持者に鞍替えさせた努力も無駄になるなどと不安を感じた。
3 被告人金城は、翌二九日朝、前日の前楚宅での会合に保守系議員の玉城も同席していたことを知り、右会合は革新系支持票切り崩しのための選挙運動であるとし、これに対する対応策について思いをめぐらしたところ、「前楚らの動きをそのまま放置しておけば、革新系支持の町職員に働き掛けられて切り崩され、革新系候補者全員の当選が危なくなる。その反面、彼らを呼び出して会合の内容を聞き出し、彼らの反応を見ながら、選挙運動をしていたことに文句をつけ、革新系候補者に対する支持及び投票方を働き掛ければ、彼らの一部はそれを受けるかも知れず、そうすれば、一番弱い革新系候補者に対する票の上積みができるかも知れない。」などと考え、町役場に登庁後、早速、町長室に赴き、被告人外間に対し、「昨晩、前楚方に職員が集まり、その席には玉城も出席しており、選挙運動をしているようです。注意したのですが、その後も場所をかえてやつたようです。やめさせないといかんでしよう。しかし、彼らの話し次第では、逆に革新の支持もできるかも分かりません。できたら頼んでみましよう。」などと持ち掛けた。これに対し、被告人外間も、被告人金城のいうところが「保守側の選挙運動を芽のうちにつんでおかなければならず、前楚方の集まりに参加した職員に対して保守側の選挙運動をやめさせるとともに、革新系候補者へ投票させるように仕向けることが必要であり、そのためには少しきついことを言つてでも、そのようにさせなければならない。」という趣旨であると了解してこれに賛成した。ここに、被告人両名は、前楚を手始めに、前日同人宅の会合に居合わせた町職員を順次町長室に呼びつけ、同人らに対し、公務員が地方公務員法に抵触する選挙運動をしていると因縁をつけ、選挙運動をするなら役場をやめてやれなどと人事権をちらつかせて威迫する旨共謀し、同町役場の保守の芽を摘み取るとともに、でき得れば、前楚宅の会合に参加した保守系支持の職員全員に対し革新系候補者へ投票させようと決意するに至つた。
なお、町職員の前西原武三は、前楚宅での会合に居合わせていなかつたものであるが、被告人金城は、右共謀に基づき右会合に居合わせた町職員らに対し威迫を加えている過程で、前西原が前記のとおり被告人金城から人事上の不利益のあり得ることをほのめかされて革新系支持者への投票を働き掛けられたことに関し、前楚に愚痴をこぼしていたことを知り、これに憤慨するとともに、この際、前西原が確実に革新系候補者に投票するよう働き掛けておく必要があると考え、被告人外間に対し、同人にも同様の威迫を加える旨提案し、同被告人もこれに賛同し、ここに、被告人両名は、同人に対しても同様の威迫を加える旨の共謀を遂げた。
4 このようにして、被告人両名は、右の共謀に基づき、まず前楚を町長室に呼びつけ、同人を威迫し始めたところ、たまたま、民生課長田里廣吉が別の用件で町長室に入つて来て被告人両名及び前楚のやりとりを聞くうち事情を察知し、日ごろ自己の保身のため被告人両名に取り入つていた田里は、この際、被告人両名に加担して前楚ら前日同人宅での会合に居合わせた町職員を威迫し、被告人両名の歓心を更に買うことを決意し、被告人両名も自分達に取り入ろうとしている右田里の意図を了知し、ここに、被告人両名は、田里も同室していたときに町長室に呼びつけた前楚、東小浜及び栄については、田里とも意思相通じたうえ、威迫を実行するに至つた。
第三 罪となるべき事実
一 被告人外間は、沖縄県八重山郡与那国町の町長として、同町職員を任免する権限を有するとともにこれを指揮・監督している者、被告人金城は、同町の助役として、同町長を補佐又は代理するとともに同町職員の担任する事務を監督している者であるが、昭和五三年九月三日施行の同町議会議員選挙に際し、被告人両名は
1 同町民生課長田里廣吉と共謀のうえ
(一) 同町職員であり、かつ、右選挙の選挙人である前楚良昌(当時二九歳)に対し、同人が右選挙に関し選挙運動をしたとして、同年八月二九日午前九時三〇分ころ、同町字与那国一二九番地与那国町役場町長室において、被告人外間が、「選挙運動をやりたければ、役場をやめて堂々とやれ。はつきり言つて君を使いたくない。男なら、役場をやめて戦え。」などと申し向け、更に、同月三〇日午前一一時ころ、同所において、被告人金城が、「辞表を持つて来たか。明日までに辞表を書いて持つて来い。」などと申し向け、また、同日午後九時ころ、同町字与那国一五九番地の右前楚方において、右田里が、「町長の命令で来た。君を役場からやめさせる材料はある。はつきり崎原候補を支持すると言いなさい。そうでないと町長は君を首にすると言つている。」などと申し向け、もつて、右選挙に関し、選挙人である右前楚と与那国町との間の特殊な利害関係を利用して同人を威迫し
(二) 同月二九日午前一〇時ころ、前記町長室において、同町職員であり、かつ、右選挙の選挙人である東小浜功尚(当時二七歳)に対し、同人が右選挙に関し選挙運動をしたとして、被告人金城が、「選挙運動をするなら辞表を出してマイクを持つて堂々とやれ。」などと申し向け、被告人外間が、「君がやめるつもりがなくても全軍労のように六か月前に解雇通知を出してやめさせることができるんだ。」、「君も近いうちに子供ができて父親になるのだから、将来のことをよく考えなさい。今度の選挙で革新を支持してくれんか。」、「ローマ字で外間と書いて投票してくれ。」などと申し向け、もつて、右選挙に関し、選挙人である右東小浜と与那国町との間の特殊な利害関係を利用して同人を威迫し
(三) 同日午前一〇時三〇分ころ、前記町長室において、同町職員であり、かつ、右選挙の選挙人である栄康吉(当時二三歳)に対し、同人が右選挙に関し選挙運動をしたとして、被告人金城が、「選挙運動をするなら役場をやめてやりなさい。」などと申し向け、更に、被告人外間が、自ら紙片に手本を書いて見せながら、「投票用紙にYOSHIHARAと書きなさい。そうすれば君も役場におりやすい。自分達に協力しなさい。」などと申し向け、もつて、右選挙に関し、選挙人である右栄と与那国町との間の特殊な利害関係を利用して同人を威迫し
2 共謀のうえ
(一) 同日午前一一時ころ、前記町長室において、同町職員であり、かつ、右選挙の選挙人である大宜見稔(当時二三歳)に対し、同人が右選挙に関し選挙運動をしたとして、被告人金城が、「君は役場をやめて選挙運動をやれ。」と申し向け、被告人外間が、「まだ誰に入れるか決まつていないというのは男らしくない。そういう気持で経済課に勤めているのか、すぐやめた方がよい。」などと申し向け、更に、被告人金城が、紙と万年筆を差し出しながら、「お前はやめた方がいいんじやないか。お前がやめたらすぐ代りを連れてくるからすぐに辞表を書きなさい。」と申し向けたうえ、紙片に「TAKA」と書いて示しながら、「このように書きなさい。僕は開票の立会人だから。」などと申し向け、もつて、右選挙に関し、選挙人である右大宜見と与那国町との間の特殊な利害関係を利用して同人を威迫し
(二) 同日午後三時三〇分ころ、前記町長室において、同町職員であり、かつ、右選挙の選挙人である後真地吉雄(当時四七歳)に対し、同人が右選挙に関し選挙運動をしたとして、被告人金城が、「選挙運動をするならやめなさい。」、「自分に協力しない者は米軍労務者のようにやめさせることもできるのだ。」などと申し向け、更に、被告人外間が、「私を誹謗するならやめなさい。」、「今度の選挙では誰に入れるのか。できたら自分の支持する候補者に入れてくれないか。」、「投票日までに入れる人を決めて、私に知らせてくれ。」などと申し向け、もつて、右選挙に関し、選挙人である右後真地吉雄と与那国町との間の特殊な利害関係を利用して同人を威迫し
(三) 同月三〇日午前一〇時ころ、前記町長室において、同町職員であり、かつ、右選挙の選挙人である後真地兆布(当時二八歳)に対し、被告人外間が、「以前君をやめさせろという投書があつたが、私がとめておいたのだ。」、「君は大屋さんに投票することがはつきりしているから、役場をやめて堂々と勝負しろ。」などと申し向け、更に、被告人金城が、「我々の組織の中でお前一人は問題じやない。すぐやめろ。明日までに必ず辞表を持つて来い。」などと申し向け、もつて、右選挙に関し、選挙人である右後真地兆布と与那国町との間の特殊な利害関係を利用して同人を威迫し
(四) 同日午後二時ころ、前記町長室において、同町職員であり、かつ、右選挙の選挙人である前西原武三(当時二四歳)に対し、被告人金城が、「今度の選挙では誰に入れるのか。」、「君は前に役場をやめると言つていたが、その時は自分はとめた。しかし、今ならとめないからやめてもいいよ。やめてもらうから。」などと申し向け、更に、被告人外間が、「支持者から部下も思うようにできないのかと言われるので、私に協力してくれ。」などと申し向け、もつて、右選挙に関し、選挙人である右前西原と与那国町との間の特殊な利害関係を利用して同人を威迫し
二 被告人外間は、昭和四八年四月一五日から昭和五一年一二月一三日までの間、同町教育委員会教育長として、同教育委員会事務局の事務を統括し、同教育委員会の所管に属する学校の校舎その他教育施設の設置、管理、備品の整備等の業務を掌理していた者であるが、同教育委員会教育委員長横田亀吉、教育委員松川栄光、同崎原孫幸及び事務局職員慶田元長起らと共謀のうえ、昭和五〇年度久部良小学校校舎増築工事(以下「久部良小工事」という。)及び比川小学校校舎増築工事(以下「比川小工事」という。)を施行するに際し、真実は、久部良小工事につき、株式会社昭和実業との間に、請負代金額一二一八万円で、比川小工事につき、崎元組こと崎原昌孝との間に、請負代金額一一九五万三〇〇〇円で、それぞれ請負契約を締結していたのに、右各工事の請負代金額をそれぞれ水増しして国庫負担金の交付を受けようと企て、昭和五〇年一二月一一日ころ、東京都千代田区霞が関三丁目二番二号所在の文部省において、情を知らない沖縄県教育庁施設課主事石川洋幸を介して文部大臣に対し、久部良小工事につき、請負代金額が一三八三万円である旨虚偽の記載をした請負契約書を、比川小工事につき請負代金額が一二六〇万三〇〇〇円である旨虚偽の記載をした請負契約書をそれぞれ添付した国庫負担金交付申請書を提出し、更に、昭和五一年三月一〇日ころ、前記文部省において、情を知らない前記石川洋幸を介し、工事の実質単価が計算の結果右交付申請の際の実質単価より多額であつたとして、国庫負担金変更交付申請をするに際し、別紙計算書記載のとおり、前記真実の請負代金額に基づいて計算された真実の国庫負担金額は、久部良小工事分が一一〇一万九〇〇〇円、比川小工事分が一〇八〇万九〇〇〇円(合計二一八二万八〇〇〇円)であるのに、これを偽わり、請負代金額は、久部良小工事分が一三八三万円、比川小工事分が一二六〇万三〇〇〇円であり、これに基づいて計算された国庫負担金額は久部良小工事分が一二五一万一〇〇〇円、比川小工事分が一一三九万七〇〇〇円(合計二三九〇万八〇〇〇円)である旨虚偽の国庫負担金額を記載した国庫負担金変更交付申請書を前記虚偽の請負代金額を記載した各学校別表とともに文部大臣に提出し、よつて、文部大臣をして右各金額の国庫負担金を交付する旨の決定をさせ、同県出納長を介して、同日、概算払いとして二一三六万五〇〇〇円(久部良小工事分一一一六万八〇〇〇円、比川小工事分一〇一九万七〇〇〇円)、同年四月二八日、精算払いとして二五四万三〇〇〇円(久部良小工事分一三四万三〇〇〇円、比川小工事分一二〇万円)、合計二三九〇万八〇〇〇円をそれぞれ同県石垣市所在琉球銀行八重山支店の与那国町収入役東浜永成名義の普通預金口座に入金させてこれを受領し、もつて偽りの手段により、正当に受領しうべき国庫負担金二一八二万八〇〇〇円との差額二〇八万円(久部良小工事分一四九万二〇〇〇円、比川小工事分五八万八〇〇〇円)の交付を受け
たものである。
(証拠の標目)(省略)
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、本件各公訴事実の外形的事実はおおむね認めながら、左記のような理由により、被告人両名は無罪であるか、または本件各公訴は棄却されるべきであると主張するので、以下、これらの点について判断する。
第一 弁護人の主張
一 公職選挙法違反関係
1 正当行為(職務行為)
(一) 前楚良昌は、与那国町職員保守派の指導者とみられていたところ、同人は、昭和五三年八月二八日、同町職員東小浜功尚、同栄康吉、同大宜見稔、同後真地兆布、同山口正孝らを自宅に集めたうえ、同人らとともに、自民党公認候補の玉城精記を招き、酒、肴を出して玉城をはじめとする保守系候補者の当選の為の選挙運動をしたものであるが、右町職員らの行為は、町職員に高度の政治的中立性を要求し、一定の政治的行為を禁止する地方公務員法三六条二項一号、公職選挙法一三六条の二に違反するのみならず、そもそも一般に当選を得しめ又は得しめない目的をもつてする金銭、物品その他財産上の利益等の供与等を受けることを禁止する同法二二一条一項四号に違反するものである。
(二) 被告人外間は与那国町長として、同町職員を指揮・監督すべき職責を負つており(地方自治法一五四条)、また、被告人金城は同町助役として、町長を補佐又は代理する職責を負つている(同法一六七条)ところ、町職員による右(一)記載の事実が判明したので、被告人両名は、前記町職員らの指揮・監督者として何らかの注意を与える必要があると考え、右町職員らを個別に呼び出し、地方公務員が違法な選挙運動をすることはやめるべきである旨注意、叱責したにすぎない。従つて、右被告人両名の行為は、その職務上の当然の義務を果たしたもので、適法な職務行為であり、その行為に違法性はないといわなければならない。
2 可罰的違法性の不存在
前記被告人両名の町職員らに対する注意、叱責行為は、前記1記載のとおり、被告人両名の正当な職務行為の一環としてなされたものであり、かつ、本件の犯行場所とされている町長室は廊下に面し、窓は透明ガラスであつたため、民生課等から見通すことができ、また、当時は冷房設備がなかつたため、出入口の戸は開けられたままのことが多かつたうえ、決裁書類を持参する町職員の出入りも頻繁であつたことから、同町長室はいわば開放状態であつたこと、被告人両名の注意、叱責は約一〇分程度でおおむね穏やかであつたこと等からすれば、仮りに何らかの意味で右注意、叱責行為が前記職員らを威迫したことになるとしても、その威迫の程度は極めて軽いものであって可罰的違法性がない。
3 違法性の意識の不存在
与那国町には、そのおかれた位置、歴史等から、本土とはもちろんのこと、沖縄県内の他の地域と比較しても、種々な面で特殊な社会慣行が存在する。即ち、
(一) 与那国町は、日本最西南端に位置し、総面積二八・五二平方キロメートル、人口約二、〇〇〇人の狭小な離島であり、その環境のゆえに他地域との交流は少なく、極めて閉鎖的な社会を形成している。島内には警察署はなく、駐在所に警察官が一人いるだけである。
(二) 右のような島内の事情から、警察官等による公職選挙法違反の取り締りは皆無といつてよいほどなく、同法は死文化し、他の地域では考えられない露骨な同法違反の選挙運動が公然と行なわれて来た。特に被告人外間が町長に就任する以前の保守系町長の時代には、自己を支持、応援した者を役場に就職させて有利に取り扱つたり、逆に自己の意に副わない者を馘首したり、投票を強要したりすることは日常茶飯事であつて、それが当然のことのように思われていた。
被告人両名の本件行為は、右のような特殊な社会情勢の中で行なわれたものであるから、仮りに何らかの意味で違法性を有するにしても、本件当時被告人両名は、違法性の意識を欠き、また、右のような社会状況の下では、違法性の意識を欠いたこともやむを得ないものであつた。
4 期待可能性の不存在
被告人外間は、豊かな与那国町建設と全町民の生活向上に力を尽くすことをかかげて町長選挙に当選し、被告人金城とともにその公約を実行して来たものであるが、保守側は町議会の議員数の多いことを利用し、教育長人事への不当介入、助役人事の妨害、町営住宅建築に関する議事妨害、予算案の理不尽な否決など露骨な町政妨害を行なつた。被告人両名の本件行為はこのような状況下で行なわれたもので、仮りに、被告人両名の行為が客観的に違法であるとの評価を受けざるを得ないとしても、保守側の極めて不当、不正な妨害に対し、何としても革新勢力を伸ばしてよりよい与那国町を建設しようとするやむにやまれぬ気持が強く働いたために、つい適法な範囲を逸脱してしまつたもので、被告人両名には適法な行為をする期待可能性がなかつた。
5 被告人両名と田里廣吉との共同正犯の不成立
田里廣吉は、たまたま娘の研修の件で町長室に入り、被告人両名が前楚良昌、東小浜功尚、栄康吉を順次呼び出し、選挙運動をしたとして注意、叱責しているのを黙つて聞いていたに過ぎず、被告人両名は、右田里と共謀した事実はない。また、前楚方での田里の行為は、被告人両名との間で何の謀議もなく田里の独断でなされたもので被告人両名には何ら責任がない。
6 公訴権の濫用
与那国島においては、公職選挙法に違反する選挙運動が公然と行なわれ、それが許容されていたことは前記3記載のとおりであるが、保守町政時代においては、本件以上の悪質な同法違反事件が繰り返されていたにもかかわらず、選挙管理委員会や取締当局においても、何ら問題とされずに放置されており、それが常態化していたのに、検察官がそれより軽い本件についてのみ突如として公訴を提起したのは不公平であり、公訴権の濫用である。
二 補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律違反関係
被告人外間が不正な手段により補助金の交付を受けたことはそのとおりであるが、これは私利私欲のためのものではなく、学校の備品を購入するためのものである。即ち、久部良小学校及び比川小学校における机、椅子は終戦直後の混乱期に製造された粗悪なもので、現在の児童、生徒の体格にも合わず、そのため現場の教職員やPTAの役員からその窮状を訴えられていたものであるが、与那国町には一切財政的余裕がなく、国や沖縄県からの財政的援助も望めない状況の下において、教育長として備品整備の責任を負わされていた被告人外間が、やむを得ずその資金捻出のため本件行為に及んだものであり、しかも、実行するに際し教育委員会に諮り、全委員の積極的支持を受けて行なつたものである。従つて、被告人外間の行為は可罰的違法性がないか、緊急避難行為として許されるべきものである。また、このような被告人外間の行為について公訴を提起することは公訴権の濫用である。
第二 当裁判所の判断
一 弁護人の主張一の1(正当行為=職務行為)について
およそ地方公務員であつても、個人的にどのような政治的信条を持つかは、当該地方公務員の自由であるところ、前楚良昌宅での町職員数名による会合は、判示第二の四の1のとおり、前楚ら保守的な政治的信条を有する町職員数名が勤務時間終了後に個人的に集まつて飲酒したうえ、被告人金城から来たるべき町議会議員選挙において革新系候補者に投票するよう働き掛けられたことなどに対し、こもごも不安や不満を言い合うとともに、互いに励まし合つたというものにすぎず、途中、他の用件で前楚方を訪れた保守系町会議員が一時事情を知つて同席し、右町職員らを励ましたことがあつたとしても、右町職員らの行為は、いかなる意味においても、地方公務員法三六条二項一号に違反して、特定の人を支持又は反対する目的をもつて公の選挙において投票し又はしないように勧誘運動したというものではないし、また、公職選挙法一三六条の二に違反して、地方公務員の地位を利用して選挙運動をしたというものでもなく、更には、同法二二一条一項四号に違反して、当選を得しめ又は得しめない目的をもつてする金銭、物品その他財産上の利益等の供与等を受けたというものでもなく、結局、右町職員らは、何ら、地方公務員としての地位にもとる行為をしたものではない。従つて、前楚を始め右町職員らが地方公務員法に抵触する選挙運動をしたというのは、被告人両名による単なる言いがかりであつて、被告人両名及び田里廣吉において地方公務員が積極的に選挙運動をすることはやめるべきである旨注意、叱責するというのも単なる口実であつたことは明白であり、被告人両名及び田里がこの点を十分に知悉していたものであることは、被告人両名及び田里がそれぞれ検察官に対しその旨明確に供述しているところである(被告人両名及び田里の検察官に対する各供述調書が十分に信用性のあることは、その録取されている各供述内容が相互に関連一貫し、自己に不利益な事実を含めて事実を積極的、具体的かつ詳細に述べたものであり、被害者らの検察官に対する各供述調書の内容とも相互に補完関連し、一貫性を有することから明らかである。)。加えて、被告人両名及び田里において地方公務員が積極的に選挙運動をすることはやめるべきである旨注意、叱責するということが単なる口実であつて、その真の目的が町役場における保守系の結束を防止し、あわよくば保守系支持の町職員をして革新系候補者に投票させるよう強要する点にあつたことは、判示第二の二の2、第二の三及び第三の一で認定した事実、即ち、被告人両名は、少数与党のため議会対策に苦慮し、そのため、昭和五三年九月三日施行の町議会議員選挙に際しては是非とも革新系候補者から過半数の七名を当選させなければならないと考え、候補者の選定、候補者に対する票の割り振りなど精力的に選挙対策を行なつていたこと、被告人両名は、被告人外間がその支持者から、「外間は職員を統率できない。」などと言われていたこともあつて、折を見て町職員を一堂に集めて革新系候補者に対する投票依頼等革新支持を強く働き掛ける必要があるなどと話合つていたこと、被告人外間は、同年八月二六日同町テンザバナで開催された町職員労働組合主催の革新系候補者支持の集会に出席し、革新系候補者全員を当選させてくれるよう訴えたこと、被告人金城は、同月二八日、保守系支持者と目されていた町職員大宜見稔、同後真地兆布及び同前西原武三を町議会議場等に個別に呼び出し、同人らに対し、もし革新系候補者に投票しなければ人事上の不利益を受けることがあるかも知れない旨ほのめかしながら、暗に革新系候補者に投票するよう働き掛けたこと、被告人両名は、前楚方に集まつた町職員らを町長室に呼び出し、判示第三の一のとおり威迫したものであるが、威迫の中心的内容は、ほとんどの者に対し、人事権をちらつかせながら、誰に投票するかを表明させたり、具体的にどの候補者に投票しろなどと指示したり、革新系候補者に投票しない場合は馘首するというものであつたこと、被告人両名から町長室に呼び出され、革新系候補者に投票するよう威迫された者の中には、前楚方に行つていなかつた前西原武三も含まれていること等の各事実に照らしても明らかである。
以上説示したところによれば、被告人両名の行為が正当な職務行為であつたとは到底認めることができないから、この点の弁護人の主張は採用することができない。
二 弁護人の主張一の2(可罰的違法性の不存在)について
被告人両名は、判示第三の一のとおり、町職員七名に対し、人事権をちらつかせながら、誰に投票するかを表明させたり、具体的にどの候補者に投票しろなどと指示したりしたうえで、革新系候補者に投票しない場合は馘首すると威迫し、その選挙の自由を妨害したものであつて、右威迫内容のみを見ても、被告人両名の行為は極めて違法性の強い行為といわざるを得ず、弁護人主張の町長室の戸が開放されていたこと、威迫の時間が一〇分程度であつたこと等の諸事情を考慮しても、被告人両名の行為に可罰的違法性がないとは、到底いえないから、この点の弁護人の主張も採用することができない。
三 弁護人の主張一の3(違法性の意識の不存在)について
判示二の一のとおり、与那国島では、その閉鎖社会的性格から有権者に対する買収、供応等の公職選挙法違反行為が半ば公然と行なわれ、また、被告人外間が町長に就任する以前から、町長による本件と同種の選挙の自由妨害行為が行なわれており、これに対する警察の取り締りもほとんど行なわれていなかつたものとは認められるが、被告人両名ともこれらの行為が法的に許されないものであることは知悉していたものである。即ち、被告人外間の検察官に対する昭和五三年一〇月二二日付供述調書によると、「私が今回助役達とともにやつたことは悪いことであり、そのことについては私自身悪いと思い深く反省しています。」と述べていること、同月二七日付供述調書によると、「私や助役達が犯した今回の事件については悪かつたと反省しています。町長や助役として職員を呼び出し革新系候補への投票を強要したりしたことなど誠に申し訳ないと思つています。」と述べていること、また、被告人金城の検察官に対する昭和五三年一〇月二一日付供述調書によると、「、、、、特定候補者への投票方を強要してはいけないことは十分に知つていました。しかし、過半数の議席を占めなければいけないという気持から本件を犯してしまつたのです。」と述べていること、更に同調書によると、被告人金城は、大宜見稔に対し「TAKA」とローマ字で書いて投票するよう指示して渡したメモにつき、後日警察沙汰になることを恐れ、その処分について尋ねていたこと等の事実を認めることができ、以上の事実に、本件犯行の違法性の程度が強いことをも考え合わせると、被告人両名には、本件犯行当時違法性の意識が存在していたことは明らかである。
なお、付言するに、いずれも与那国町に居住する証人大屋正雄、同杉本正次及び同米浜鳴子は、当公判廷において、それぞれ、選挙において買収したりすることがよいこととは思つていない旨供述しており、殊に証人米浜の当公判廷における供述によれば、保守系の町長時代に、保守党の幹部から、「選挙に入つているが、職員は公務員であり、表向きには選挙運動はできん。しかし、夜でも選挙運動のため家庭をまわつてくれ。もし、警察にみつかり聞かれたら、今デート中だとか、使い中だといつて逃げろ。」と言われたということであり、これらによると、沖縄本島からも遠く離れた閉鎖社会である与那国町においても、公正な選挙運動を担保すべき公職選挙法等に違反する行為が何ら違法でないとは考えられていなかつたことがうかがえるのである。
よつて、この点の弁護人の主張も採用することができない。
四 弁護人の主張一の4(期待可能性の不存在)について
被告人両名が少数与党のため議会対策に苦慮し、自ら立案した施策の遂行も思うにまかせなかつたことは、判示第二の二の2で認定したとおりであるが、もともと行政は議決機関によるチエツクを受けながら遂行されるものであり、右のような事情があるからといつて、被告人両名が本件のような違法行為にでることがやむを得ないものとは到底いうことができない。
従つて、被告人両名の本件犯行に期待可能性がないということはできず、結局、この点の弁護人の主張も採用することができない。
五 弁護人の主張一の5(被告人両名と田里廣吉との共同正犯の不成立)について
被告人両名が田里廣吉とも共謀のうえ判示第三の一の1の各犯行を敢行したものであることは、被告人両名及び同人がいずれも検察官に対し明確に供述しているところである。加えて、判示第二の二の1及び第二の四の4で認定した事実及び前掲関係各証拠によれば、田里は、もともと保守系支持者であつたが、革新系の被告人外間が町長に就任してからは、保身のため、革新系を支持するようになり、被告人両名からよく見られて、自己の地位の安泰をはかるため、日ごろから被告人両名に取り入り、自己の部下職員に対し、革新系を支持するよう強く働き掛けていたばかりでなく、革新系候補者の選挙運動にも積極的に参加し、また、町長室での本件犯行の際には積極的な威迫行為は行なつていないものの、被告人両名に協力していることを理解してもらうため、被告人両名が威迫行為をしている間、被告人両名と同席し、被告人両名に同調する態度をとつていたものであり、自らも、町長室に入室して来た被害者の一部に対し、「座りなさい。」とか「君は女みたいだな。向こうにもあつちにも顔を出して。」などと発言したこともあるうえ、所用のため何度か中座しながらもその都度町長室に戻つて来て、被告人両名が威迫行為をしている場に同席していたこと、被告人両名とも田里の意図を理解し、同人の同席を許していたこと、田里が積極的に威迫行為に出なかつたのも、被告人両名が強烈な威迫行為を行なつていたためその必要がなかつたからであること、また、田里は、被告人両名が前楚良昌を実際に辞職させかねないと感じ、同人が親戚に当たることから、被告人両名に対し、自分が革新系候補に投票させるようにするから、辞職させないで欲しい旨頼んだところ、被告人両名は、「そうしてくれ。」と言つて、被告人両名の意思の実現方を田里に依頼し、田里はその結果、その日のうちに前楚方に赴き、判示第三の一の1の(一)のとおり前楚を威迫し、遂に、同人をして被告人両名に対し、革新系候補者に投票する旨言わしめるに至つたこと(なお、右事実関係からすれば、被告人両名は、田里が前楚方に赴き同人を右のように威迫するであろうことを予想し、かつ、期待して田里に、「そうしてくれ。」と依頼したものと優に推認することができる。)等の事実が認められ、以上の事実を総合すれば、被告人両名と田里との間に共謀があつたことは明らかであり、被告人両名は、町長室における威迫行為のみならず、前楚方における威迫行為についても田里との共謀による刑事責任を負うべきものといわざるをえない。
よつて、この点の弁護人の主張も採用することができない。
六 弁護人の主張一の6(公訴権の濫用)について
与那国町は政争の激しい町であり、保守、革新を問わず、違法な選挙運動が往行していたことは判示第二の一で認定したとおりであるが、そのような中でみても、被告人両名の判示各犯行は、違法性の強いものであり、しかも、検察官が裁量権の範囲を逸脱して、ことさら被告人両名だけを差別的にねらい撃ちして起訴したという事情も見当たらず、従つて、検察官が本件公訴を提起したことをもつて公訴権の濫用ということはできないから、この点の弁護人の主張も採用することができない。
七 弁護人の主張二(可罰的違法性の不存在、緊急避難、公訴権の濫用)について
前掲関係各証拠によると、被告人外間の判示第三の二の犯行当時、与那国町の小、中学校の机、椅子等の備品は老朽化し、向上した児童、生徒の体格にも合わなくなつていたが、与那国町にはこれを買い替えるための資金がなく、被告人外間は教育長としてその資金捻出に苦慮していたところ、たまたま久部良小学校及び比川小学校の各校舎増築工事が行なわれることとなり、右各工事の入札額が教育委員会の予定額よりかなり低額であつたことから、入札額と教育委員会の予定額との差額を前記備品購入資金に充当しようと思い立ち、教育委員長らと共謀して本件犯行に及び、不正に受領した国庫負担金を前記備品購入資金に充当したことが認められ、右事実によれば、被告人外間は、私利私欲からではなく、教育長として、小、中学校の机、椅子等の備品の整備を図ろうとやむにやまれぬ気持から本件犯行に及んだものであることが明らかである。
しかしながら、被告人外間らの行為が、その動機がどうであれ、国民の税金等をもつてあてられる補助金等の交付、使用等につき統一的基準を設けその適性及び妥当性を図ろうという補助金等に係る予算の適正化に関する法律に違反する違法なものであることは明らかであり、しかも、不正に受領した金額が二〇〇万円を越える多額なものであることからすれば、右金額のみを考慮しても被告人外間らの行為に可罰的違法性がないものとは到底いえず、また、前記小、中学校の机、椅子等の備品が老朽化していたとはいえ、その買い替えにつき、違法行為をあえてしてまで資金を捻出しなければならないほどの緊急性があつたものとは認められないから、被告人らの行為は緊急避難に当るものともいえず、従つて、また、本件公訴の提起を公訴権の濫用ということもできない。
よつて、弁護人のこの点の主張も採用することができない。
(法令の適用)
一 罰条 被告人両名の判示第三の一の各所為につき、刑法六〇条、公職選挙法二二五条三号(判示第三の一の1の各所為につき更に刑法六五条一項)
被告人外間の判示第三の二の所為につき、刑法六〇条、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律二九条一項
二 刑種の選択 判示第三の一及び第三の二の各罪につきいずれも罰金刑を選択
三 併合罪の処理 被告人両名につき刑法四五条前段、四八条二項
四 労役場留置 被告人両名につき刑法一八条
五 訴訟費用 被告人両名につき刑事訴訟法一八一条一項本文
六 選挙権及び被選挙権の不停止 被告人両名につき、公職選挙法二五二条四項、一項
(量刑の事情)
被告人両名の判示第三の一の各所為は、本来町長又は助役として部下職員を指揮・監督し、町政の最高責任者として率先して法律を遵守しなければならない立場にあつた被告人両名が右指揮・監督権を濫用しこれに藉口して、保守系支持者と目されていた町職員七名に対し、人事権をたてにする等その弱みにつけこみ、町議会議員選挙において誰に投票するかを表明させ、あるいは革新系候補者に投票するよう強要し、これに従わない者は馘首し、あるいは左遷させるような態度を示すなどして威迫を加えたというもので、これが選挙の自由を踏みにじり、民主政治の根幹をゆるがす極めて悪質、危険なものであることは明白であり、しかも、威迫の方法、内容は極めて執拗かつ卑劣であつて、被害者らに大きな不安を与えたであろうことは想像するに難くなく、更に、本件犯行が一般に町長、助役の信用を失墜させ、与那国町全体の体面を著しく汚し、社会に大きな影響を与えたことなどを総合考慮すると、被告人両名の刑事責任はまことに重大なものといわなければならない。
また、被告人外間の判示第三の二の行為は、比川小学校及び久部良小学校の各工事の入札価格が予定価格に比しかなり低かつたため、これを奇貨として、教育委員長らと共謀し、落札業者と相談のうえ、契約金額を水増しした架空の請負契約書を作成してこれを文部大臣宛てに提出し、不正に国庫負担金を受領したというもので、功妙かつ計画的な犯行であり、しかも不正取得金額は合計二〇八万円の多額にのぼり、国の行政作用、財産権を著しく侵害したものであることなどを考えると、本件犯行は極めて悪質なものといわざるを得ず、更に、本件犯行が沖縄県下市町村の補助金事務の信用を失墜させ、社会に大きな影響を与えたこと、右不正取得金額は全く返還されていないことなどを合わせ考えると、被告人外間の刑事責任は、更に一段と重いものといわざるを得ない。
しかしながら、他方、与那国島は昔から政争の激しい島で、同島では、これまでにも、保守、革新を問わず、買収、供応等の公職選挙法違反の行為はもとより、本件のように町長が部下職員に一定の候補者に投票することを強要するということさえ半ば公然と行なわれてきたもので、しかも、これに対する警察の取り締りはほとんどなく、これらの違法行為は長年にわたり、黙認、放置され、常態化していたとさえいえる状況にあつたこと、被告人両名は、かかる状況下で多年にわたり各種の選挙に関与してきたことから、軽率にも本件公職選挙法違反行為の重大性に思いが至らず、さほど悪いこととも思わず、ごく軽い気持で本件犯行に及んだものであつて、右のような与那国島の選挙の実態、同法違反行為に対する取り締りの状況、更には、この種事件で逮捕されたのは、与那国島では被告人両名が最初であることなどを合わせ考えると、被告人両名の外形的行為の重大性、悪質性のみを強調して、被告人両名に対し厳罰を科することは、量刑上いささか適切を欠くものと考えられる。更に、被告人外間の国庫負担金不正受領の犯行は、私利私欲からではなく、教育長として、小、中学校の机、椅子等の備品の整備を図ろうとやむにやまれぬ気持から出た犯行であつて、その動機に酌むべき事情が認められること、被告人外間は与那国町長として、同金城は同助役として、それぞれの職務に真剣に取り組んでおり、その成果は町民からそれなりに評価されていること、被告人両名は、本件により一か月以上勾留され、現時点においては、本件を深く反省悔悟しており、今後与那国島における選挙が違反のない公正なものとなるよう努力する旨誓つていること、被告人両名の逮捕自体が、選挙違反が常態化していた与那国町の町民に対し、その是正方につき重大な自覚と決意を呼び起こしたものと認められること、被告人両名にはこれまで前科前歴がないことなど被告人両名にとつて有利に斟酌すべき事情も認められる。また、被告人外間が昭和五六年一月二五日施行の与那国町長選挙に立候補して当選し、町長に再選されたものであることは公知の事実であるところ、右町長に再選された事実と前記被告人外間に有利に斟酌すべき諸事情とを合わせ考えれば、今、同被告人に対し懲役又は禁錮刑を科して、直ちに町長たる地位を失わせることは町民の意思にも反し、いささか酷に過ぎるものと考えられるので、同被告人に対しては本件各犯行の重大性を自覚させつつも、今一度町長として活躍する機会を与え、選挙の浄化等与那国島の種々の問題解決に当たらせるとともに、与那国町の発展に寄与させるのが相当であると考える。
そこで、当裁判所は、被告人外間に対し、前記刑事責任の重大性を考慮し、主文のとおり高額の罰金刑を科することにするも、選挙権及び被選挙権は停止しないこととし、被告人金城に対しては、前記の諸事情のほか、被告人外間との刑の権衡を考慮し、主文のとおりの罰金刑を科したうえ、選挙権及び被選挙権を停止しないこととする。
よつて主文のとおり判決する。